3月5日 首都カトマンズの学校で授業 吉岡 航希

前後半組がカトマンズで合流して2日目。

この日はカトマンズの小学校「シュプリームスクール」で前半組最後の企画である「授業」と後半組最初の企画「日本語教室」を行いました。

 

 

授業企画は3部構成になっていて

1部ではわたちたちメンバーが紙芝居の読み聞かせ(シュプリームではスイミーの紙芝居をしました。)を行います。

ただし、スイミーの物語すべてを読み聞かせません。

話の途中で紙芝居をやめます。

2部で物語の続きを子ども達自身に考えてもらいます。

 

 

3部で作った物語のプレゼン大会です。

スイミーの物語をご存知でしょうか?

最後に赤い魚達と力を合わせてツナを退治するというお話なのですが、この物語を知らない子ども達は発想が豊かです。

例えば、サメがツナを食べてしまうお話やスイミーが旅の途中で出会ったエビやクラゲと力を合わせてツナを退治するお話、結局ツナにスイミーが食べられてしまうなんていうものもありました。

 

 

最後はみんなで記念撮影。先生に聞くと「このような授業はしたことがなく子どもの発想力を育てるいい方法だ。」と褒めていただきました。

ネパールは内陸国のため、魚やクラゲを知っているかどうか不安でしたが、子ども達の笑顔を見る限り楽しんでいただけたようで。

 

私自身が前半授業班のメンバーだったため

残念ながら「日本語教室」には参加できませんでしたが、外の校庭から聞こえてくる笑い声を聞けば彼等の成果がよくわかりました。

 

前述の通り、これが前半組最後の企画です。

私自身、紙芝居のネパール語訳を頼むために週に5回カレーを食べ続けた記憶があります。

ほっとしたと同時に自分達のネパールプロジェクトの終わりに寂しさを感じずにはいられませんでした。


これが”支援”かと言えば疑問を持つ人も少なくないでしょう。

自分達なりに子ども達の役に立つ授業にするため、

 NGOのアドバイスや現地の状況を元に作り上げた企画です。

言ってしまえば自分はただ紙芝居を読んだだけですから、その疑問はもっともだと思います。

でも、”支援”ってなんでしょう?

私は自分の手で人を救うことができなければ、莫大なお金を持っているわけでもありません。

「ネパールに行って逆にわからなくなった。」

という方が正直な感想です。それでも、「また、写真を撮りに来てくれよ!!」とか「こんな授業は初めてだ。すごく楽しかった。」とか大げさに「君たちは子どもに人生の目覚めを与えているんだよ」と言ってくれるネパール人がいます。

”支援”って言われるとエゴだとか偽善だとか思ってしまうかもしれませんが、もっと気楽に例えば電車で席を譲るように、後ろの人のためにドアを開けておいてあげるような、小さな幸せを運ぶこと。それがたとえ永遠のものではなくても、そんなことを”支援”と言ったらダメでしょうか。

このネパール体験記を書くにあたって私はそんなことをふと思ったのです。

 

<おわり>