3/8 公園作りとサッカーゴール作り! 【山口隼】

3/8・公園作り・サッカーゴール作り

 


今日は朝から公園作りをしました。

 

タイヤの埋め込みと丸太の埋め込みをひたすらやりました。

穴を掘る⇒タイヤや丸太を穴に入れる⇒砂で埋めるの繰り返しです。

 

退屈です。結構暑いです。

 

とうぜんKIVOメンとぐだぐだ喋りながらやりました。

自分の日記にはゆりと話してたって書いてあります。

 

彼女とは共通の知り合いが数人いてこの時は立川高校(ゆりの出身高)の王子様ことH笠Y輝くんが話題に上がりました。彼はイーグルでぼくのチームメイトでした。


イーグルスとは、ぼくが春学期一瞬だけ所属してた慶應のサッカーサークルですKIVOとイーグルスの新勧合宿の日程がかぶり、ぼくがKIVOの新勧合宿をさぼってイーグルスの新勧合宿に参加したのは有名な話です。

 

KIVOではGW合宿に参加して毎回のmtgにも参加していたのでメンバーとはある程度仲良かったのですがイーグルスではまともに練習も出ておらず、顔の見たことない人もたくさんいたのでこの合宿に参加して一気に皆と仲良くなろうという目論見でした。

 

さらに、イーグルスには一年生のキーパーが自分しかおらず、自分が来ないと一年のチームができないということで、「山口を見つけたら捕まえて合宿来ると言うまで放すな」というメーリスが数千回と来ました。イーグルスはこんなにも自分のことを必要としてくれているのか,,,,胸をうたれた山口は、一年のマネージャーが9人ほど来るということを入念に確認したうえでイーグルスの合宿への参加を決めたのです。

 

 

確かこの時、山口は当時KIVO唯一の女子メンバーだったくりみきを密かに狙っており、彼女が今回の合宿に参加する、そして彼女も自分が合宿に参加するのを楽しみにしている、ということだけが山口の頭を悩ませたが、さすがのくりみきもぴちぴちの一マネ9人には勝てなかったのだった。いや、結果から言えば美貴は勝った.それはまあ次回のお楽しみとする。


どーせ岡本が言いまくっているだろうから躊躇なくいうが山口はド下手キーパーである。

その長身を以ってしてハイボールに滅法弱い。

その木偶の坊は、二年のブランクを経ていきなり大会に駆り出されるのだ。

 

バスの中で山口は一人震えていた。美貴に会いたくて会いたくて震えていたわけではない。

これから鹿島の地で山口劇場が繰り広げられることは想像に難くなかった。

 

鹿島の地に降り立った山口がまず最初に行ったのはマネージャーのチェックである

。サッカーとは11人で行うスポーツだと思われがちだがそれは素人の浅墓な考えである。

 

真に強いチームは、フィールドプレーヤーのみならずサポーター、ベンチもが一体となって戦っている。

 

そのことを心得ていた山口は、チームの勝利のために誰よりも早くベンチを支えてくれるであろうマネージャーさんたちとの絆を強めようと、ポケットからおもむろに携帯電話を取り出して一人一人に歩み寄ると、軽い挨拶の後慣れた手つきで連絡先を交換し始めた。

 

そしてその後、各マネージャがチームの勝利に貢献できる資質があるかどうかをソクラテスばりの問答によって確かめていく。彼氏がいるようなマネージャーは必ずふしだらな妄想をして試合に集中できずチームの和を乱すことになるため、発見次第即刻帰宅してもらわなければならない。

 

多少理不尽におもえるかもしれないが、それほどサッカーは過酷なスポーツなのである。

キックオフの笛が鳴る以前から、もう戦いは始まっているのだ。

幸運なことに、実際にはそのような不届きものは一人もいなっかった。

 

山口はこの時、私の選択は間違ってなかったと強く感じた。

ああ素晴らしきイーグルス。

 

KIVOのメーリスはもはや疎ましいとすら思えた。

この時すでに第一試合開始まであと1時間と迫っていた。続く

 

 

3/8 午後


公園作りは、ぼくたちの懸命の努力の甲斐あって午前中に完成しました。

なので午後からは同じくまたラズガリの学校に行ってサッカーゴール作りを始めました。

サッカーゴールといっても、もちろん普通のスタジアムに置いてあるようなやつではなく、竹を組み合わせただけの簡素なものです。

 

竹を設計図通りに切っていくのはイタリのおっちゃんや校長、カーペンターがやってくれたので、ぼくはゴールポストを埋め込むための穴をひたすら掘っていました。

 

80cmくらい掘るということでかなり大変だったのですがどうにかゴールポストは埋め込み終わりバーをゴールポストに乗せるような感じで組み立て夜飯までにあとはネットだけというところまで終わらせました。

 

大きさ的にはフットサルのゴールくらいになりました。

 

 


毎晩KIVOのメンバー四人程度がスシルんちで夜飯をごちそうしてもらえるとのことだったのでこの日はさち、ひとみ、みさととぼくの四人でスシルんちに行きました。

 

スシルはもうカトマンズへ帰ってしまっていたので兄さんのスラジがぼくたちを迎え入れてくれるはずでした。

しかし、いざ訪れてみるとそこにスラジの姿はありません。

 

スシルのお母さんとお父さんには会えましたが、彼らは英語を全く解さないのでコミュニケーションがとれません。

 

ひたすらネパ語で話しかけてきますがわかったのは[スラジ、チャイナ]{スラジは居ないの意味のネパ語}さすがにこれはまいるということで、ぼくたちは次の日もまた来ることにしそのままスシルんちを去ろうとしました。

 

しかし、スシルの母がぼくらの行く手を阻みます。

ドアの前に立って、せっかくだから飯食ってけよ、みたいなこと言ってます。

 

 

と同時に、にこにこしながらスシルパパがラキシ(ネパールの地酒)をテーブルの上に出し飲んでけ飲んでけ、と薦めています。

これはまずい。絶対つぶれるまで飲まされる。

と思ったぼくたちは、スシルママ・パパを振り切って一目散に帰宅しようとしました。

 

しかし、スシルママはテーブルにつこうとしないぼくたちにしびれを切らしたのか勝手にご飯を炊き始めるという荒技を発動しました。

 

もしぼくたちがこのまま帰ってしまったら、ご飯はどうなってしまうのか。

あれ、お腹の虫がグーと鳴いている。

 

ああ。もう帰るのは諦めよう。

パパママがかわいそうだ。

 

ということで、スシルんちに入って約20分後、やっとぼくたちはテーブルにつきました。

 

そして、ご飯が炊けるまで暇なので、ちょっとだけラキシをもらうことにしました。

 

 

しかしこのラキシ、度が強い弱いの前に圧倒的にまずい,,,,我慢して一杯飲みきるとすかさずパパがおかわりを薦めてきます。

 

というか、コップが空くや否や勝手にラキシをなみなみついできます。

 

勘弁して欲しかったので、ぼくたちは全員ちょっとずつ残してプギョ!(ネパ語でもう十分!の意味)を連呼しまくったところパパはようやくラキシ祭りをやめました。

 

ちょうど酒を飲み終わったころご飯が炊けたらしく、ダルバートが出てきました。

 

ダルバートは、ネパールで最もポピュラーな家庭料理で一枚のお皿の上に、ご飯、豆のスープを中心にいろんなおかずが乗っているものです。

 

今回はおかずにじゃがいもの炒め物が付きました。

味付けはネパールらしくピリリと辛かったけれど案外おいしかったです。

 

お腹のすいてた四人はおかわりを少しずつもらってお決まりのプギョで食事を締めくくり、少しほろ酔い気分で帰宅しました。

 

次の日もまた同じ四人でスシルんちに行き、今度はスシルの部屋に泊めてもらうことにしました。

 

あー楽しみ!帰宅してからは、酔った勢いで女子ににゃんにゃんする以外とくに何もせず、寝袋のないぼくはそのまま台所で寝ましたとさ!

 

おしまい。