3/2 旅立ち 【松井大】

3月2日、私たちは成田空港から飛び立った。

 

日本では春一番が吹き荒れていた。大きな風が、僕たちを後押ししてくれているようだ。

団体のパーカーに身を包んで連帯感を高めていく。何せ24人で2週間以上ネパールで共同生活をするのだ。

 

あまり話したことがないメンバーもいる。

正直「おい、こいつと仲良くできんのかよ・・・」な心境がないこともなかった。

 

さらに実はメンバーの中には僕(松井)のような海外自体初体験な人もいる。

 

もちろん、海外経験者でも、さすがにネパールは未知の国だ。期待と不安で、妙なテンションだ。

 

 

 

ネパールにはバンコクを経由していく。そのため、この日はバンコク国際空港で一晩を明かすことになる。

物価は空港だからか高めだ。

 

例えば日本にいても週3くらいでマックに通う僕なんかは200円(タイの通貨はバーツだが)くらい払ってホットドッグを食べた。

 

とりあえずタイに来てもファーストフードはあるらしい。

体が改めてアメリカナイズされていくのを感じる。

こんなんでネパールで生きていけるのか。

本当に大丈夫なのか・・・。

3/3 カトマンズ到着

バンコクを発つ。

目指すはネパールの首都、カトマンズだ。

実際の発音はカトマンデューみたいな感じだ。

 

バンコクからネパールまでは大体2時間くらいで、あっという間だ。

カトマンズ空港はネパールの唯一の国際空港だ。

ビザをとるために長蛇の列ができていた。

海外バージン(チェリーの方が妥当か)の僕はビザを取るのに写真がいることを知らなかった。

 

少し焦ったが、その場で撮影、印刷してくれる店があって助かった。

 

多分ボられたけど。 今回のネパールプロジェクトを手伝ってくれるスシルさんの仲間のスラジさんと

僕らより一足先にネパールに旅立った仲間(←彼。ちなみに、日本人だ)が迎えてくれる。

 

 

バスでホテルまで向かうが、

バスに乗るまでの間に荷物運びを手伝ってチップを取ろうとする人たちが寄ってくる。

(実際、5ドルほど取られてしまったメンバーもいた)

カトマンズの町並みだ。

 

排気ガスのためなのか、日本より空気は汚い。

現地の人でもマスクをしている人も多い。鼻をかんだら、黒い鼻水が出てきた。

 

昼の気温は高い。日本ではまだコートが必要な季節だったが、ここでは必要ないようだ。

 

一方、夜は中々寒い。日本ほどではないが、寒暖の差が大きいため、余計に寒く感じられる。

道路には車とバイクがびゅんびゅんと行きかっている。

ホンダやスズキが多い。

 

ネパールは世界で最も交通事故が多い国だそうなのだが、それも頷ける。

信号はよっぽど大きな交差点でもない限りにない。

 

クラクションはほとんど挨拶代りくらいの頻度で鳴らされる。

気になったのは道の脇に溜まるゴミだ。

いたるところにこのようにゴミが捨てられている。

ネパールでの初の食事はスシルさんがご馳走してくれた。

 

見ての通り、カレーだ。

手で食べるかと思いきや、スプーンを出してくれた。

 

 

 

ホテルでのMTGの様子。

明日以降の予定を確認する。

各々が、この国で何を為すか、決意を新たにする。

「学生ができることを通じて社会に影響を与える」

 

これがKIVOの理念だ。

 

 

まだ見ぬガイクール村の学校に、僕たちはいかなる足跡を残せるのかと一人一人が思いを巡らせる。

 

普段馬鹿騒ぎしている僕たちも、このときばかりは神妙な面持ちだ。

 

カトマンズは夜も音楽が鳴り、人の声がし、車は行きかい、活気に満ちている。

 

 

そんな喧騒を余所に、僕たちのホテルは静寂を守っていた。